どうも!ザンギです!
今回は予告通り、復刻版時刻表を使って1964年10月当時、青春18切符1回分でどこまで行けるかを大阪駅発で見ていきたいと思います。
では、早速
まずは北から
今だと大阪発の限界は東北本線の石越23:48となっています。石越駅は仙台のさらに北にあります。奥羽線は天童23:59、信越線は新津00:01で新潟にはたどり着けません。
では、1964年10月ではどうなるでしょうか?
大阪6:11→8:23米原9:13→9:54大垣9:57→12:11豊橋12:36→15:50沼津16:00→18:44東京→上野19:04→21:20宇都宮21:41→22:40黒磯
※東京→上野間は本数が多いため、時刻表に早朝、深夜のみの掲載。東京を18:44以後に出発し上野に19:04以前に到着する列車があると仮定。
米原でなんと50分待ち!時間帯によっては10分程度の接続もありますが、現在ではどの時間帯でも基本的に10分以内の接続です。
ちなみに今のダイヤだと黒磯到着の最速は18:04となります。
そして、北陸方面では
大阪6:42→00:11三条
なんと大阪6:42発で新津00:44着の普通列車があります。(☉。☉)!通しで乗ると乗車時間はなんとおよそ18時間!前回東京発で見たときも東京→名古屋、上野→福島という長距離普通列車がありましたが、それらを軽く凌駕する超長距離普通列車となりました。青春18切符には0時を超えて最初に停車まで有効というルールがあるので、到達できるのは三条(00:11)となります。
次に西を見ていきましょう
今だと八代21:55、長崎23:12、佐世保22:27、佐伯23:43となっています。四国では予土線の窪川〜江川崎間を除き、全て到達可能です。
では、1964年10月ではどうなるでしょうか?
大阪5:02→6:45姫路6:56→20:24門司
門司20:39→22:51久留米23:18→銀水00:01
銀水駅は大牟田駅の1つ手前の駅です。八代方面は大牟田のあたりまでいけるようですね。
乗車時間およそ13時間半の姫路発門司行の普通列車があることに驚きですが、その前に乗る大阪→姫路の普通列車なんですが、始発は大阪駅ではありません。実はなんと東京15:00→6:45姫路という、夜行普通列車なんです。通しで乗ると乗車時間は15時間45分となり、夜行普通列車というのもあってこちらのほうが驚きは大きいのではないでしょうか。それでも大阪→新津の普通列車の後だとしょぼく感じる方もいるかもしれませんね。
感覚が麻痺してきました(笑)。今となっては考えられないかもしれませんが、当時はこの他にも夜行普通列車がいくつか設定されていたようです。別記事でこの夜行普通列車に関しても紹介したいと思います。
次に、長崎方面はどうでしょうか?
門司20:39→22:42鳥栖23:10→23:48佐賀
となり、佐賀まではいけます。
では、大分方面はどうでしょうか?
門司20:45→ 23:13柳ヶ浦23:55→宇佐00:08
となり、宇佐まではいけます。柳ヶ浦→宇佐は門司港21:25→9:40西鹿児島(今の鹿児島中央)の夜行列車です。特急等の表記はないのですが、寝台の表記はあるため青春18切符利用不可かもしれません。その場合限界点は柳ヶ浦となります。
ちなみに今では銀水駅の最速到着は19:55、佐賀駅は19:56、宇佐駅は20:52となっています。
そして四国です。当時瀬戸大橋開業前のため、四国上陸は宇高連絡船となります。青春18切符で連絡船に乗れるかは定かではありませんが、ここは別料金を払ってでも連絡船に乗ることとします。
大阪5:02→6:45姫路6:56→8:49岡山9:57→10:46宇野11:35→12:45高松
高松13:42→19:22松山19:36→22:39宇和島
高松13:42→14:44多度津14:51→19:12高知19:15→22:40土佐佐賀
※当時の路線は土佐佐賀まで
高松13:06→15:08徳島16:34→18:26牟岐
徳島15:26→17:41阿波池田
徳島16:33→17:08鳴門
徳島15:26→15:50小松島港
と、このように四国は宇和島〜江川崎間を除いて、全て到達可能です。
また、当時江川崎〜窪川間は路線がありませんでした。
四国に関しては、連絡船利用となっても、今とは大きく変わらないようですね。
ちなみに現在の最速到着は宇和島19:55、土佐佐賀は1日では到達不可能でした。窪川には19:30に到着するのですが、それ以後宿毛方面の普通列車は存在しないようです。念の為言っておくと、現在窪川〜土佐佐賀は第三セクターの土佐くろしお鉄道となっており、JRの路線ではありません。現在のダイヤではたどり着けないけど、当時のダイヤではたどり着けるーそれも復刻版時刻表をながめたときの面白さですね。
西方面に関しては、現在の20時頃に到達できるあたりが当時の限界と言えそうです。
東京発に関しては現在の17:30着あたりが限界でしたが、これは大阪から西に関しては当時と同じく現在でも普通列車中心というのが要因の1つとして挙げられるかもしれません。
今回も長距離普通列車に驚かされることとなりました。
では、次回は名古屋発で見ていきたいと思います。